前回の「全自動化」云々という寝言の続きを期待している連中には悪いが、現実を見ろ。我々が「キャリア」だの「自己実現」だのと呼んでいるのは、エントロピーの増大という宇宙の絶対的な暴力に対する、あまりに無力で滑稽な抵抗の記録に過ぎない。
大学の講堂で、埃を被った熱力学のノートを開いてみるがいい。そこには、この世界の残酷な真実が記されている。いわゆる「付加価値」の創出とは、局所的な負のエントロピーの獲得、すなわち宇宙全体の無秩序を増大させる代償として、目の前の机の上だけに小さな「整列」をこしらえる行為だ。この宇宙において、秩序とは常に高価な輸入品であり、その支払いは熱という形で行われる。
朝、吐き気を催すような満員電車に詰め込まれる時、貴様の肉体は隣のサラリーマンの湿ったコートと摩擦を起こし、無駄な熱エネルギーを撒き散らしている。吊り革に掴まる貴様の指先から、寿命という名のエネルギーが漏れ出し、車両全体の不快な湿度を1%上げることにしか貢献していない。他人の体温が生理的な嫌悪感を催すのは、それが貴様の生体システムに対する熱的な侵襲だからだ。情報を処理し、身体を動かし、不快な笑顔を貼り付けるたびに、我々は確実に宇宙の熱的死(ヒートデス)を加速させている。これを「通勤」と呼ぶ神経を疑う。
秩序の代償
労働の本質とは、ノイズの除去であると同時に、膨大な廃熱の生成プロセスだ。貴様がデスクで取り組んでいる「業務」の中身を思い返してみろ。例えば、あの不毛なエクセルシートの修正だ。一箇所の数字を直すたびに、貴様の脳内では貴重なブドウ糖が燃焼され、後頭部はじりじりと熱を帯びる。それは、冷えた「かけ蕎麦」を食おうとした瞬間に、上司という名の天災がやってきて、その上に脂ぎった「二郎系」のトッピングを無理やりぶちまけていくような苦痛に等しい。
本来、かけ蕎麦はシンプルで美しい秩序を保っていた。透き通った出汁、整列した麺。そこには最小限のエントロピーで構成された静謐な宇宙があったはずだ。しかし、そこに「至急対応」という名のニンニク、「仕様変更」という名の冷え固まった背脂、「クライアントの気まぐれ」という名のクタクタになったモヤシが投入されることで、どんぶりの中のエントロピーは一気に増大する。過剰な「情報(ノイズ)」の奔流。貴様は必死になってその脂ぎった混沌を胃に流し込み、消化しようと試みるが、食後には胃もたれという名の熱力学的な破綻が訪れるだけだ。
ビジネスの現場で繰り返される「定例会議」などは、まさにこの二郎系の最たるものだ。各々が自己顕示欲という名の背脂をぶちまけ、収拾がつかなくなった会議室は、思考停止した停滞に包まれる。そこには価値など一片も存在しない。ただ、参加者の寿命という名の貴重な自由エネルギーが、摩擦熱として虚空に消えていくだけだ。誰かが発言するたびに、室温がわずかに上がり、酸素濃度が下がり、我々の脳細胞が死滅していく。
馬鹿みたいに。
散逸する魂
我々は、このエントロピーの増大に抗うために、金で解決できる「ツール」を買い揃える。情報の散逸を食い止め、自らの認識機能を局所的に防衛するためだ。例えば、最近のオフィス事情を反映したのか、狂ったような価格設定のノイズキャンセリングヘッドホンが横行している。
隣の席の女が立てる神経質なエンターキーの打鍵音、向かいの席の男が啜るコーヒーの不快な吸引音、そして背後で繰り広げられる上司の説教。それらは全て、貴様の思考を寸断し、脳内の整列されたデータを無秩序なノイズへと還元しようとする攻撃だ。これに対抗するために、逆相の波形をぶつけて物理的に音を消す。理屈は分かる。だが、ただの耳栓の進化系に、一ヶ月の食費に匹敵する対価を要求する資本主義の傲慢さには、ほとほと愛想が尽きる。
なんだこれ。
しかし、悲しいかな、我々はその高価なプラスチックの塊を頭部に装着し、静寂という名の人工的な「散逸構造」の中に逃げ込むしかない。そうしなければ、「来期の予算案についての不毛な議論」という熱汚染に、自分の思考リソースを浸食され、発狂してしまうからだ。それは、燃え盛る火の中に氷を投げ込んで「涼しい」と言い張るような、末期的な対処療法に過ぎない。
さらに絶望的なのは、スマホのバッテリーが日に日に劣化していくように、我々の精神的キャパシティもまた、労働という名の充放電を繰り返すごとに、確実にその最大容量を減らしているという事実だ。化学反応の不可逆性。一度すり減った神経細胞の絶縁体は、週末の泥酔程度では修復されない。アルコールは脳という精密機器を一時的にショートさせ、強制シャットダウンさせるだけの劇薬であり、翌朝にはさらなるシステムエラーを引き起こす触媒となる。
均衡という虚無
では、真の「動的平衡」とはどこにあるのか。それは、組織という名の巨大な散逸系の中で、いかに「何もしないこと」で秩序を維持するかという、高度なサボタージュの技術に集約される。
優れたシステムの一部とは、熱を発生させない部品のことだ。摩擦を避ける。抵抗をゼロに近づける。一方で、無能な働き者は、必要以上に組織をかき回し、余計な摩擦熱を生み出し、システム全体の温度を上げてしまう。彼らは「一生懸命やっています」と汗を流すが、その汗こそがエントロピー増大の証左であり、周囲にとっては迷惑極まりない熱源なのだ。過熱したサーバーがダウンするように、過熱した組織は内部から崩壊する。
我々が目指すべきは、自己実現などという甘美な幻想ではない。いかに周囲の熱狂に巻き込まれず、自分のエントロピーを低く保ったまま、定時という名の出口へ滑り込むか。その一点に尽きる。情熱を持つな。期待をするな。ただ、絶対零度の冷徹さで、目の前のタスクを右から左へと受け流し、エネルギーの保存則を遵守せよ。
窓の外では、今日も誰かが「イノベーション」などという空虚な言葉を叫びながら、貴重な化石燃料を燃やして無秩序を拡大させている。彼らは気づいていない。自分たちが必死に積み上げている書類の山は、明日の朝にはゴミ収集車に回収される、一時的な情報の残骸に過ぎないということに。
帰りたい。
結局、高度な文明を維持するということは、宇宙全体の破滅を少しだけ早めるための、洗練された儀式に他ならないのだ。さて、冷え切った、安物の炭酸水でも胃に流し込め。脳内の過熱を一時的に冷やし、また明日、この無秩序な熱力学的地獄へと這い出るために。
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