安酒とエントロピー
酒が不味い。この安酒のアルコールが私の脳細胞を焼き尽くす速度と、君が熱っぽく語る「スタートアップの急成長」という名の集団自殺、どちらがより早く宇宙のエントロピーを増大させるか、賭けてみないか。
前回、我々がいかにして「組織」という名の巨大な介護施設で、思考の摩耗を労働と呼び変えて時間をドブに捨てているかという話をしたが、今日はその対極にあるとされる起業、あるいはスタートアップについて解剖しよう。焼酎の湯割りでも頼もうか。梅干しは入れないでくれ。不純物が混ざると、この液体が純粋な熱量へと劣化していく過程を観察する邪魔になる。
世間では起業を、生命の息吹やイノベーションの輝きとして崇める風潮がある。だが、物理学の冷徹な天秤に載せれば、あれは「非平衡開放系における散逸構造」の局所的な発火に過ぎない。もっと分かりやすく言えば、食べ放題のバイオレンスな焼肉屋で、元を取ろうとして胃壁を破壊するまで脂身を詰め込むデブの呼吸と同じだ。過剰な摂取と、悲鳴のような排泄。その循環を人は「成長」と呼ぶ。
沸騰:欲望の強制注入
スタートアップという言葉の響きには、キラキラしたプレゼン資料の残像がこびりついている。だが実態は、深夜のドン・キホーテの喧騒に近い。そもそも、事業を興すという行為は、宇宙の絶対法則である熱力学第二法則、すなわちエントロピー増大則に対する、無謀で下劣な反抗だ。放置された部屋には埃が溜まり、放置されたカップラーメンは伸び、放置された情熱は腐る。秩序は崩壊し、万物は冷え切った平衡状態へと向かう。それが自然の理だ。
これに抗うためには、外部から「負のエントロピー(ネゲントロピー)」という名のエネルギーを注ぎ続けなければならない。ビジネスの文脈で言えば、それは投資家の強欲から絞り出した札束と、社会経験のない若者の「自分は特別だ」という勘違いを燃料にした、異常なまでの過熱状態だ。
イリヤ・プリゴジンが提唱した散逸構造論を引くまでもなく、あの活気は内部で発生した莫大な熱量を外部に逃がすための排熱機構に過ぎない。彼らが「世界を変える」と叫ぶのは、そうでもしないと自分の脳が発する「この状況は異常だ」という警告信号で焼き切れてしまうからだ。駅前の立ち食い蕎麦屋に入ったはずなのに、なぜか背脂とニンニクを限界まで盛った「二郎系ラーメン」の完食を強制されているような歪な熱狂。一口食べるごとに寿命が縮まり、血管が悲鳴を上げているのが分かる。
馬鹿みたいに。
散逸:情報のゴミ屋敷と25万の椅子
組織が成長する、つまりスケールするということは、情報のノイズが雪崩のように押し寄せることを意味する。初期メンバーだけが共有していた「阿吽の呼吸」などという高密度な情報状態は、数名の新入社員が入った瞬間に、排水溝に詰まった髪の毛のようにドロドロに溶けて消える。
情報の伝達経路が複雑化すればするほど、そこには意味のない確認、建前だけの進捗報告、そして誰も読まない議事録の山が築かれる。これを情報幾何学的に解釈すれば、組織という多様体上の計量がスカスカになり、距離感が狂っていく過程と言える。これを経営者は「カルチャーの醸成」などと呼ぶが、ゴミ屋敷の住人が溜め込んだゴミに名前をつけて愛でているのと同義だ。情報の濃度は希釈され、やがては誰もが同じ日本語を使っているはずなのに、一言も通じ合っていないという「熱的死」へと向かう。
経営者は、この崩壊を食い止めるために必死になって環境を整えようとする。例えば、一脚で20万も30万もするようなハーマンミラーの高級オフィスチェアを全社員に配ったりしてな。だが、そんなメッシュ素材の玉座に座ったところで、そこに座る人間の神経系が処理できる情報量は1バイトも増えはしない。むしろ、重力という物理法則に逆らうためだけにそれだけのコストを支払うという判断自体が、系全体のエネルギー効率が末期症状にある証拠だ。高い椅子で腰を支えても、組織の不条理(バイアス)という重力からは逃れられない。
なんだこれ。
会議が増え、スライドの枚数が肥大化し、Slackの通知音が鳴り止まなくなる。これは系が内部エントロピーを処理しきれなくなり、情報の「塵」が溢れ出しているサインだ。かつては一つの細胞のように機能していた組織が、巨大な腫瘍のように無秩序な増殖を始める。これを世間やメディアは「急成長」と呼ぶが、我々物理の徒から見れば、それは単なる組織の気化現象であり、癌細胞の増殖を見て「生命力の爆発だ」と称賛しているようなものだ。
やってられない。
冷却:残された死骸と紙切れ
では、その狂乱の果てに何が待っているのか。
上場だの売却だのというゴールテープを切った瞬間、あるいは資金が尽きて心停止した瞬間、外部からのエネルギー流入は止まり、系は平衡状態、つまり「死」へ回帰する。かつての熱狂は二日酔いの後の嘔吐物のように不快な記憶として残り、残されるのは冷え切った規約と、誰も使いこなせないレガシーシステムという名の死骸だけだ。
人間が抱く「情熱」や「ビジョン」という感情の正体は、脳内のドーパミンが過剰放出されたことによる、一時的な確率論的バグに過ぎない。特定の崇高な目標に向かって突き進んでいるという主観は、カオスな現実入力に対して前頭前野が無理やり辻褄を合わせた「事後報告」だ。我々は、宇宙が冷え切っていく不可逆なプロセスの中で、たまたま一時的に渦巻いた小さな「ドブ川の淀み」を事業と呼び、そこに人生を賭けているつもりになっている。
スマホの画面をタップする指先の震えも、プレゼンでの大声も、すべては熱力学的な必然としての「排熱」だ。そう考えると、あのキラキラした若き起業家たちも、深海で数百度の熱水を噴き出すチムニー(熱水噴出孔)の周りに、その場しのぎの化学合成エネルギーを求めて群がる醜い深海魚と大差ないように思えてくる。
さて、グラスが空だ。このグラスに注がれる液体もまた、私の肝臓で分解され、ただの熱となり、宇宙をわずかに暖めて、それで終わりだ。
帰りたい。
結局、我々ができることと言えば、せいぜいこのエントロピーの荒波の中で、一冊数千円もする分厚いモレスキンの手帳に、明日には忘れるような愚痴を書き留めることくらいだろう。その無駄に高価な紙の塊に、明日の予定という名の「空想」を書き込む。それは、来るべき熱的死に対する、人類の最も贅沢で、そして最も無価値な抵抗なのかもしれない。
お会計を。領収書は「研究費」だ。どうせ誰も見やしない。それもまた、この組織が腐敗しているという心地よいエントロピーの証明なのだから。
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