前回の講義で、生産性などという言葉がいかにして我々の安眠を妨げる呪いであるかを説いたが、忘れてくれ。そんな高尚な話をするには、今日のビールは少しぬるすぎるし、私の脳細胞もアルコールによる不可逆的な変性を求めすぎている。ここにあるのは、効率化の果てに残された搾りかすのような疲労と、まだ月曜日だという絶望的な事実だけだ。
さて、この煮込みが冷める前に、組織という名の巨大な「穴の空いたバケツ」について話をしよう。物理学だの統計力学だのと大層な看板を掲げているが、要するに「なぜ我々は毎日、心身を削ってまで、放っておけば腐り落ちるだけの会社というシステムを延命させなければならないのか」という、極めて個人的で、かつ普遍的な愚痴だ。
培養皿
毎朝、我々は満員電車という名の加圧装置に詰め込まれる。あれは単なる移動手段ではない。個体としての輪郭を曖昧にし、自我をペースト状になるまですり潰して、オフィスという巨大な培養皿に均一に流し込むための前処理工程だ。隣の男のリュックの金具が肋骨に食い込む感触、湿った吊り革の生暖かい不快感、誰かの整髪料と昨夜の酒が混ざった吐き気を催す臭気。これらすべてに対する「殺意」を理性でねじ伏せる行為こそが、最初の労働だ。
イリヤ・プリゴジンは「散逸構造」という言葉で、エネルギーを取り込み続けることで辛うじて秩序を保つ系のことを説明した。組織も同じだ。放っておけば熱力学第二法則に従い、机の上には書類の地層ができ、人間関係は泥沼化し、すべては無秩序(エントロピー)の海へと沈む。それを防ぐために、我々は毎朝、自分の精神という「高純度な燃料」を組織という炉にくべる。
我々が給料と引き換えに差し出しているのは、労働力ではない。「秩序」だ。自分の人生を食い荒らすカオスを、組織の安寧のために肩代わりしているに過ぎない。あなたが必死にメールを返信し、無意味な会議で頷いているその瞬間、あなたは自分の内なる宇宙を犠牲にして、会社の崩壊確率を0.00001%だけ下げているのだ。
冷却装置
特に現代の組織が渇望しているのは、ドロドロとした人間的な感情エネルギーだ。いわゆる「情動労働」である。クレーマーの理不尽な罵倒に対して、口角を物理的に引き上げ、穏やかな声色を作る。上司のつまらない冗談に、適切なタイミングとデシベルで笑い声を上げる。これらはすべて、組織内部に発生した「感情的な摩擦熱」を冷却するための排熱処理だ。
機械なら冷却水を回せば済むが、組織は人間の神経系を冷却液として使う。笑顔一つ作るたびに、脳内のセロトニンやドーパミンといった貴重な神経伝達物質が無駄に消費され、シナプスが焼き切れていく音がする。それはまさに、古いスマホで高負荷な3Dゲームを動かしているようなものだ。本体は熱を持ち、バッテリーはみるみる減っていくのに、画面の中では虚構の数字が増えるだけ。我々の魂は、そうやって組織の熱暴走を防ぐためのヒートシンクとして使い潰されている。
その代償として、個人の内面には処理しきれなかったエントロピー、つまり「無秩序」が澱のように溜まっていく。家に帰っても風呂に入る気力すら起きず、ただソファで天井のシミを数えるだけの廃人になるのは、あなたが怠惰だからではない。職場で秩序を保つために、自分自身の秩序をすべて支払ってしまったからだ。
粗大ゴミ
そして、その摩耗した身体をさらに追い詰めるのが、物理的な環境だ。腰椎の間にある椎間板は、長時間のデスクワークという名の拷問によって、もはや悲鳴を上げる力すら残っていない。整体師に金を払い、一時的に骨格の歪みを矯正してもらうが、翌日にはまた同じ姿勢で固められる。賽の河原の石積みだ。
世の中には、座るだけで全てが解決するかのような顔をした高機能なデスクチェアが存在する。確かに、あれは人間工学の極致であり、背骨を支えるメッシュの弾力は母親の胎内にいるような安らぎを与えるかもしれない。20万円もする椅子に座れば、腰への負担は軽減されるだろう。しかし、よく考えてみてほしい。その最高級の玉座に座って、コンビニで買った添加物まみれの100円のカップ麺を啜り、寿命を削りながらエクセルを叩いている自分という存在の滑稽さを。
椅子がどれほど立派でも、その上に乗っているのが「摩耗しきった粗大ゴミ」である以上、熱力学的な収支はマイナスなのだ。高級なガソリンを入れても、エンジンが焼き付いていれば車は走らない。いや、むしろ快適な椅子によって長時間労働が可能になり、より効率的に魂をすり減らすことができるという意味で、あれは極めて高度な「搾取の加速装置」なのかもしれない。結局、我々は自分の健康を切り売りして得た金で、より長く、より快適に自分の健康を害するための道具を買わされているだけだ。
熱死
結局のところ、組織という散逸構造は、我々の「生きる力」を吸い上げて、その形を保っている吸血鬼だ。そして悲しいかな、熱力学第二法則には逆らえない。どれだけ優秀な人材を投入し、どれだけ高度なマネジメントシステムを導入しても、宇宙はいずれ熱的死(ヒートデス)を迎えるし、あなたの会社もいつかは潰れる。我々の努力は、断崖絶壁に向かって走るバスのブレーキを、ほんの少し踏んでいるに過ぎない。
だから、もう諦めよう。真面目に「やりがい」だの「自己実現」だのという確率論的なバイアスに振り回されるのは、パチンコで次は当たると信じて金を突っ込むのと同じだ。我々にできる唯一の抵抗は、時折、意図的に「機能停止」することくらいだ。
スマホのバッテリーが劣化したふりをして、重要な局面で電源を切るように、あなたも会議中に突然、虚空を見つめてフリーズすればいい。「申し訳ありません、私のエントロピーが許容量を超えましたので、これより熱平衡状態へ移行します」と心の中で宣言し、トイレの個室に籠城するのだ。そこでスマホをいじるなり、仮眠をとるなりして、組織へのエネルギー供給を遮断せよ。
店員、焼酎をもう一杯。濃いめで頼む。私の肝臓がエントロピーの増大に耐えきれなくなるのが先か、この世界の不条理が解消されるのが先か、賭けといこうじゃないか。まあ、どうせ負けるのは私の方だが、せめて酔い潰れて意識という名のスイッチを切るまでの間だけは、私は誰の燃料でもない、ただの有機物の塊でいたいのだ。
コメントを残す